小説「東京起業ストーリー」

第7話:必殺のメルマガ!

沙奈の目の前を、親子連れが横切っていく。まだ保育園児くらいだろうか、幼い子が母の手を引っ張り歩き、母も笑ってついて行っている。沙奈は重くなった鞄を肩にかけなおし、あぁ、いいなあと反射的に思った。日曜日の午後は空も晴れ渡り、歩く人々の歩調もゆったりとしたものになっていた。
「ただいまぁ」
部屋に帰るなり、鞄をドサッとカーペットの上に降ろす。沙奈がクッションに座り、鞄の中からハードカバーや新書など、大小さまざまな本を取り出していく。テーブルの上はちょっとしたタワーのようになっていった。二人の妖精も興味津々だ。
「すご~い。沙奈、またこんなに借りてきたの~?」
「ええ」
テーブルの上に積みあがった本は全部で十冊。経営マネジメント、マーケティング、自然科学、医学書、語学……、ジャンルはバラバラだが、沙奈は普段から自分の読むべき本、読みたい本をスマホにリストアップしている。それを週末毎に図書館に通い、借りてくるのだ。目当ての本が無かったときは似たものを選ぶようにし、本の内容全部に目を通すのではなく、目次から興味の湧いた箇所に絞って読んでいくのだ。
「いい心がけだね、沙奈! 良く晴れた日曜日に図書館に行って、本を借りてくるなんて!」
スザッキーは元気にそう言ったのだが、沙奈の眉はピクッと動く。
「あら、折角の休日にデートの一つもしないでって嫌味かしら?」
「え! やだなぁ沙奈、そんな訳ないじゃん、ねぇ?」
スザッキーは内心マズかったと思い、隣のフェアッキーに助けを求める。
「でもそうだわ~。今日は日曜日なのよ~?」
その言葉は助けになっていない。スザッキーは慌てる。
「ちょ! 駄目だってフェアッキー、妙齢の女性にそんなこと言っちゃあ!」
「妙齢……?」
「あわわわわ、み、妙齢って女ざかりって意味で、他意は無いよ!」
スザッキーは沙奈の圧力を感じないではいられず、目を合わせられない。国語辞典には実際にスザッキーが言った意味も載っているのだが、フォローにはならない。
「私たちが沙奈の所に来てから、沙奈が仕事や勉強以外をやって羽を伸ばしてる所って見たこと無い気がする~。たまにはゆっくり気分転換して、休んでみたら~?」
確かに沙奈は独立してからずっと、週末や祝日に関係無く仕事を続けていた。自分が仕事人間である、という指摘は会社にいた頃から度々受けていたのだが、またか、と思い苦笑する。
「今でも前の会社の仲間や友達から、食事や買い物の誘いは来るわよ。でも何だか気が進まなくって。自分の仕事がうまく行ってなくて恥ずかしい、ってのが大きいんだけど」
「沙奈……」
フェアッキーが心配そうな声を出す。
「きっと私、自分の仕事を考えてる時が一番落ち着けるし、自然なんだと思う。毎日自分なりに必死にやってるんだし、一瞬でも仕事から離れるなんてとても無理だわ」
言いながら沙奈は少しカッコつけすぎたと反省する。本当はスザッキーとフェアッキーがいなかったら、どんなに不安になっていたか分からない。友達を呼んでピザを取って愚痴祭り、くらいのことはやっていたかもしれない。前の会社への未練も、きっと高まっていた。
「……うん、応援するわ」
「カッコいいよ、沙奈」
「いいのよ」
沙奈は二人の頭をポンポンと叩き、立ち上がった。

沙奈はこれまで自分が書いてきたブログを振り返り、今回のものと重複が無いか確認する。さっき図書館の花壇で咲いていたバンジーの写真をアップしようとしていた。過去に同じような記事は無さそうだったので更新する。これで一回分が終わった、ふうっと軽くため息を吐く。
「ねえ沙奈、ブログの更新やフェイスブックの投稿も大事だけど、折角新しいプログラムも完成したんだ。ここら辺で毎日の更新作業に追われない、自動的な集客方法を始めない?」
スザッキーの言葉には説得力があった。沙奈もそろそろ今の方法では手詰まりを感じてきたところだった。
「ブログの更新を見直すのはいいとして、自動的な集客? そんなやり方あるの?」
「うん、ズバリ……、メルマガさ」
「メルマガ……。企業やお店がやってるあれ?」
もうすっかり浸透しきっていて、その言葉自体に驚きは無い。
「そうそう。沙奈はメルマガってなじみある?」
「う~ん、あんまり。新商品の宣伝やキャンペーンの告知ばっかりで、いまいち大事な情報って気がしないのよね」
「それって分かるわ~。皆で残業して頑張ってる時にチェーンの居酒屋から『最初の一杯百円』キャンペーン実施中! とか来たりね~」
「分かるの!? 結構あるあるよね。今は飲んでられないっての! とか思うわね~」
意外なところから同意が来た。スザッキーが世俗まみれなのは分かっていたが、フェアッキーも案外そうだったとは。その正体は実はOL妖精でした! とかだろうか。
「そう、人は情報を一方的に押し付けられることを好まない。それはまるで、恋愛対象外の異性から受ける、熱烈なアプロ~ッチのように。だけど片思いの情熱は……」
突然目を閉じ、くるくると回転しながらスザッキーが語りだした。沙奈は小声でフェアッキーに告げる。
「な、何が始まったのこれ?」
「ああ、きっと思うところがあったのね~」
フェアッキーにとってはいつもの事。どこ吹く風だ。
一通りスザッキーの恋愛観をショー形式で見せられた後、ゴホンッと咳ばらいをして本題に戻って来る。沙奈もフェアッキーもほとんど聞いていなかったが、本人は満足そうだ。
「そこで効果的なのが、相手の心にスッと近づくステップメールだよ」
「何、それ?」
「ステップメールは、スケジュールに従って違った内容のメールを順次送っていく仕組みさ」
「順次?」
「例えばメルアドを登録してもらえたら一通目のありがとうメール、それから一日後に本題に導入する内容の二通目のメール、さらに一日後に内容を深めた三通目のメール……、って具合にね」
沙奈は思った、それって、
「連載小説みたいね~」
フェアッキーが沙奈の心理を代弁する。
「そう! 正にそうなんだ。段階を踏んで、沙奈の情報を伝えていくんだよ。
「う~ん、確かにメールなら一回のチェックに時間はかからないし、いつでも読み返せるけど……」
沙奈は腕を組んで独り言のようにつぶやく。
「それって結局、有益な情報が小出しになってるってことじゃない?」
自分が受け手になっていると仮定し、頭の中でその場面を思い浮かべてみる。
「最初から興味の持てない内容だと、それ以降のメールを読む気はしないわ。それにやっぱり大事な連絡を待ってる時にメルマガが来たら、なんだ~ってがっかりすることもあると思うし」
仕事用のアドレスでもプライベート用のアドレスでも、大事な連絡を待つときは存在する。そういったものに負けない価値観をもつメルマガを自分に作れるだろうか? 沙奈は自分に問いかける。
「ふっふっふ……。甘い、甘いよ沙奈。その考えはまるで砂糖菓子のように甘いよ!」
そう言ってスザッキーは両手と羽をバッと広げる。
「あ、第二幕はいいから」
沙奈はスザッキーにちょっと呆れつつ止める。今日のスザッキーはどうしたのだろう、さっきまでテレビで演劇でも見ていたのだろうか、砂糖菓子とはいかにも仰々しい。
「……ゴホン。そこはお得で、有益で、ためになる情報満載のメルマガにするのさ! ちょっと自分でも試してみようか、って思えるくらいのワンポイントアドバイスを入れるんだよ」
「ワンポイント、かぁ。人に好かれるちょっとした方法、人前で上がりにくくなる方法、他人の印象に残りやすくなる挨拶……」
沙奈は思いつくままにいくつか礼を挙げる。スザッキーの顔はみるみる明るくなる。
「そうそう! そういうこと。そういうノウハウを順番に紹介していく、日常に役立つメルマガにするんだ! 最後に新しいプログラムの宣伝を入れてね」
「ああ、そういう事か。うん、それならやれそう、書くことがいっぱいあるわ!」
沙奈の頭の中には、メルマガのネタがどっとあふれ出していた。何しろ沙奈はマナー講師として長い。講座の途中の雑談ネタなどで、その手の話はいくつも持っている。
しかしフェアッキーが慌てた様子で沙奈の前に飛び出して来る。
「ち、ちょっと沙奈! 集客のメルマガって事は無料でしょ? 無料でそんないい情報を伝えたら、すぐに悩みが解決しちゃってお客さんが減るかもしれないわ!」
「あ……」
フェアッキーは沙奈にそう訴える。沙奈も考えが一瞬止まる。自分のメルマガが有益過ぎると、そういうケースもあるのかも……。しかし沙奈はすぐに笑って、
「フェアッキー、大丈夫よ。私の講座の良さは、絶対にメルマガの文字だけじゃ伝わり切らないわ」
「そうだよ。メルマガを見て、もっと沙奈の話が聞きたい、自分にもアドバイスが欲しいって思う人が出てきたら最高だ。メルマガの読者はまだクライアントじゃない。だからこそ、こっちからどんどん有益な情報を与えていくことが大事なんだよ」
沙奈とスザッキーは目を合わせ、ニッと笑う。段々沙奈はスザッキーと思考が似てきたように感じていた。
「それにね、フェアッキー」
沙奈はフェアッキーの顔を覗き込んで続ける。
「私も、私の経験から得たノウハウを一人でも多くの人に伝えたいって思うの。私の仕事に興味を持ってくれた人に、このメルマガが少しでも役に立ったら、それだけで結構意味があるんじゃないかな」
「沙奈……」
スザッキーが最初に言っていた社会貢献。具体的な方法は考えてこなかったが、最初の一歩としては悪くない。そうだ、今度はボランティアや、企業が行っている社会貢献事業についても調べてみよう。沙奈の本のリストアップがまた増えた瞬間だった。

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