第4話:ニーズ、発見

一時間は経っただろうか。沙奈は職務履歴書を書くような気持ちで、真剣にスザッキーの挙げた項目を書きあげた。簡単に箇条書きのところもあれば、詳しく書き込んだところもある。二人の妖精は開かれたノートの上を行ったり来たり、熱心に読み込む。
その様子を見ていると、沙奈は気恥ずかしくなってきた。ちょっと見栄を張ってしまったかもしれない、でも嘘はついていないわ、と思い直す。沙奈は黙って二人を見る。
「これまでに多くのお金を使ったことにさ、洋服ってあるね。なんか意外だな」
「え、そう?」
服を買う事のどこに意外性があるのだろう、と沙奈は思う。もしかして私はそういう部分に無頓着な印象を与えているのかもしれない。そう言えば昨日からこの二人には、部屋着とパジャマしか見せていなかった。
「でも~、キャリア系にストリート系、フェミカジ系とか……。何だかジャンルがバラバ
ラだわ~」
「ほら、色んな服着たいから。普段はずっとスーツだったからその反動? みたいな」
痛いところを突かれた、と内心沙奈は焦る。実際、そのほとんどはもう手元に無い。クローゼットの収納が追い付かず、定期的に処分していた。
「あ。はっは~ん、読めたぞ?」
スザッキーの目がさっきとは違って、ニヤリと曲がっている。まんまといたずらを仕掛けた後、笑いがこらえきれない子どものような目だ。
「沙奈って、付き合った男の好みでファッション変えちゃうタイプでしょ。意外と尽くすんだね。そりゃお金かかるわ~」
「ちょっとスザッキー!」
フェアッキーが止める間もなく、
「うっ、うるさいわねっ!」
沙奈はすぐに耳まで真っ赤になり、照れ隠しのために目の前のスザッキーをベシッ! とはたく。何なのこの妖精、てかほんとに妖精? こんなに世俗に詳しいのってなんで?  当の沙奈はまさかそんな部分までばれるとは思っていなかった。叩かれたスザッキーはノートの上で伸びているが、これは謝らなくてもいいだろう。尽くして何が悪い、と沙奈の鼻息は荒くなる。

フェアッキーに簡単に介抱され、またよろよろとスザッキーは浮き上がる。
「う~ん、思わず洋服のとこに突っ込んじゃったけど、実績や過去悩んだことの欄は凄いね」
さっきまでとは違い、今度はまじめにコメントをする。その部分は特に沙奈が時間をかけて詳しく書いた箇所だった。
「そう? ま、十年同じ会社にいたら、さすがに書くことは多いわよ」
「いや、そうじゃない」
スザッキーの声が、いつの間にか真面目なトーンになっている。
「ただ長い間会社に勤めて、指示されたことをやってるだけじゃ、こんなに色々書けないよ。こんなに充実してるのは、ずっと沙奈が創意工夫してきたって証さ。特にこの『営業力アップ講座』や『初対面の人への印象力アップ講座』を自分で一から考えて始めたって所は面白いよ」
スザッキーは時々こんな風に真面目に沙奈を褒めるので、沙奈は戸惑う。もちろん悪い気はしない。
「それに講座を受けた人たちの、その後がいいね。感謝状までもらってる。一般の人なら、そんなの中々もらう機会無いはずだよ」
「ああ、いや、それはたまたまっていうか……。でも大変だったわ、その講座の内容を決
めるのが」
沙奈はその頃を思い出し、遠くを見つめるように語りだす。
「私、営業経験無いから。本屋に行って一日一冊、営業について書かれた本を読んだの。
会社での営業マンの位置づけとか、営業のノウハウとか、そういう本って業種別にも分か
れてるしね。それから知り合いの営業マンに話を聞きに行って、プログラムのチェックも
してもらって」
二人の妖精は、じっと沙奈の話に聞き入っている。
「実際に講座を開く前にクライアントの会社と打ち合わせをして、内容をなるべくその会
社に沿うように合わせるの。講座の後もアンケートを取ったり、実際に講座をやってて反
応の悪かったところは改善して。そうやって手探りで進めていったらね、その講座を受け
たところからぽつぽつお礼の電話とか、感謝状が届くようになって。そういうのって他の
講座じゃあんまり無かったから、あれは嬉しかったなぁ」
実際に沙奈はその頃、同期や後輩たちと五人のチームを組んでやっていた。加藤部長か
ら新しく目玉になる講座を作れと言われ、沙奈はリーダーとして見事チームをまとめ上げ、
新講座を軌道に乗せ、会社に大きな利益を出した。その頃のメンバーとは今でも交流が続
いており、仲が良い。沙奈が辞めることを伝えた時は、五人で独立して会社を起こそうな
んて話も出たほどだった。
そんな事を思い出しながらふと、目の前のスザッキーに視線を戻す。スザッキーは下を
向き、プルプルと震えているが、突然、

「そ、それだあぁあっ~!」

と、大声を上げた。それはそんな小さい体のどこから? と疑問に思わずにはいられな
いほどの声量で、沙奈はとっさに耳を覆う。
「……うるっさぁ……」
耳の奥がまだキーンと震えているような感覚があった。
「ご、ごめんね~沙奈、スザッキーって時々こうなっちゃう時があって~」
「それだよ沙奈! 正にそういう事が、確実に結果を出せる講座なんだよ!」
スザッキーは大声を上げたことなど気にするそぶりも無く、瞳をらんらんと輝かせ、沙
奈の目の前に突き出てくる。
「で、でもあれは私一人でやったんじゃないわ。他のチームのメンバーや、それ以外のい
ろんな人にも協力してもらいながらやったことで……」
沙奈は思わず体を引く。スザッキーはさっきの話が余程気に入ったようだ。かつてない
ほど沙奈の話に食いついてくる。
「でも~、沙奈の性格的にも、その講座をまたやるってのは嫌そうだわ~」
フェアッキーが沙奈の気持ちを代弁する。
「そりゃ、そうよ。あの講座達は今や『ネクストランク』の目玉講座の一つなんだから。
いくら私が発端になったからって、同じことをやるのは嫌よ」
「そうじゃない、使うのはその講座そのものじゃなくて、ノウハウだよ。その経験をもと
に、沙奈の考える、新しいプログラムを始めるんだ」
「……う~ん、確かに。マナー講座やキャリアデザイン講座より、自分が今やっている仕
事の業績を上げる講座の方が、人気が出そうね」
沙奈はようやく、スザッキーが興奮している理由が分かってきた。確実に成果を上げる
とはそういう事か。具体的に数字や売り上げに返って来るって事。沙奈もグッと前のめりになり、新しいアイデアが行けそうだと考えた。しかし、しばらくして視線を落とす。
「でも駄目、無理よ。営業力アップ講座も印象力アップ講座も、私一人じゃ無理。何をや
ればいいのか、は分かるわ。けどやることが多すぎる。企業の一部署を担当するだけでも
難しい。把握しなきゃいけない情報が膨大だわ。一人だときっと、講座の密度が保てない」
沙奈は思い出していた、チームの皆や、知り合いの営業マンがどれだけこのプログラムの完成に尽くしてくれたかを。決して一人でやり切ったわけではなかったのだ。
その一言に、部屋の空気がさっと変わる。さっきまでの明るい雰囲気は失せてしまった。
「……会社って、凄いのね~」
「ええ、本当に……」
沙奈は独立してからはマナー講座を中心に、かなりベーシックな講座しか開いてこなかった。それらは業界を問わず、一般に広く役立つものだ。しかし言い換えれば専門性は低く、独自色は出しにくい。だから料金を下げていたのだ。
沙奈は会社の強みと、フリーランスの弱みを両方痛感していた。
「沙奈、大丈夫だよ」
「えっ?」
「一人で企業を相手にしようとするから難しいんだ。一人で一人を相手にすれば沙奈の負
担は減る。一対十とか百じゃなくて、一対一だよ」
「……一対一、か」
そうつぶやきながら沙奈は、それなら自分にも可能性があるかもしれないと考えた。ヒアリングも最小限で、且つ全体を把握できる。
「僕が今パッと思いついたのは、個人起業家をターゲットにするんだ。そこでマナー講座以上に、業績が上がりやすい講座を作る。営業力アップ、イコール売り上げアップみたいな講座だよ」
「う~ん、だとすると個人起業家向けの話し方、スピーチ講座でしょ。あとは成約率を上げるトークスクリプト作成、とか?」
それを聞いたスザッキーが、またプルプルと震えだした。
「……すっばらしいよ沙奈! そういうことがすぐに出てくるところが凄いねぇ。うん、うん、これでいけそうだね!」
沙奈は再度興奮するスザッキーを見て、笑ってしまう。
「ち、ちょっとちょっと。私だって今思い付きを言っただけよ? 大体個人起業家なんて私全然知らないし、どういう人達なのかも……」
個人起業家とはつまり、あのブログの起業家のように成功したら地中海に行ってしまうような人たちか。自分に出来るだろうか、そんな人たちの手伝いが。沙奈はしり込みするあまり、自分も個人起業家であることに気が付かなかった。
「考えよう、沙奈。大丈夫、時間はあるんだ。それにこれは沙奈の言ってた夢を叶えることにも繋がるよ」
「……そっか。私の思うやり方で、一人一人に合った……」
沙奈はいつも仕事を、自分対多数で考えていた。これは前の会社にいたら絶対に出来ない講座だ。そうか、何で私は考えなかったんだろう。沙奈の胸の奥がじわりと熱くなる。うん、スザッキーの言う通り私には時間がある。知らなければ学べばいいだけだ。
「私、やってみる。考えてみるわ、個人起業家用の、新しいプログラム!」
「うん! もちろん僕もついてるから、頑張ろう!」
スザッキーの右手は力強く握られている。沙奈もいつの間にか、それを真似していた。
「沙奈、無理はしないでね~。あっ、何か飲む?」
フェアッキーが心配し、沙奈にそう語りかける。
そうだ、私には今仲間がいる。一人の人間と二人の妖精、合わせて三人のニューチームってのも、悪くないかも。
「私、コーヒーがいいかな。砂糖無しのミルクだけで」
それは沙奈が前の会社で常飲していた、仕事用のコーヒーだった。本来は甘党だが、今そういうものを口にする気にはなれなかった。

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